日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
名古屋市立大学22世紀研究所特任教授

日本企業における情報活動

                  

1. 日本企業は戦後経済復興以来、ソニー、ホンダに代表される新興企業や、トヨタ、日産などの自動車産業、三菱電機、松下電器、日立製作所、東芝、シャープなどの製品が、米国の品質管理手法を取り入れ、生産に適用したため、品質上も競争力が向上し、あわせ労働賃金の競争力も相まって、日本製品の海外への輸出が激増した。値段も競争力があり、作れば売れて、海外にも大量に輸出された。
日本のメーカー製品は当初は世界に比を見ない100年以上の伝統を有する総合商社を通じて外国に多く輸出された。
 従い85年のプラザ合意までは作れば売れるということで世界市場での競争情報収集には一部の企業を除いて、それほど積極的ではなかった。70年代の石油ショックまではそれほど競争相手の情報を必要とせず、商品の輸出マーケテイングに関しては、総合商社を含めて競争情報(コンペテイテイブインテリジェンス)よりも市場情報(マーケテイングインテリジェンス)収集に重きが置かれていた。

2.日本に競争情報(Competitive Intelligence)、ビジネスインテリジェンス(Business Intelligence)の概念が持ち込まれたのは1990年代からで、『CIA流戦略情報読本』(Ben Gilad. Tamal Gilad著“”Real World Intelligence”-邦訳『CIA流戦略情報読本』 中川十郎、米田健二共訳、ダイヤモンド社 1990年9月)がその先駆けとも考えられる。それまでは企業においても官庁においても「競争情報(CI)」や「ビジネスインテリジェンス(BI)」などの概念はなかったものと思われる。
この本がきっかけで、当時東芝の役員や、地方公共団体(たとえば岐阜県庁、宮崎県庁、中小企業事業団など)から、BCIの講演要請がなされるようになった。しかし受講者にはBIやCIの言葉や概念は初めてであった。
 日本の総合商社や、官庁―特に通産省、外務省などでも競争情報の概念はなかったようである。ただしこれらの企業、官庁では独自の国内外の情報収集はしていたが、情報教育を従業員や官吏に特に施していたとは思えない。日本の第2次世界大戦での敗北の主因が情報の軽視と活用の仕方が誤っていたことが原因であったにもかかわらず、戦後の企業や官庁での情報収集、活用が組織的になされていなかったことも今日、日本が30年以上もGDPがほとんど増加せず、G7においてもGDP成長率が最低である原因の一つであろう。

3.筆者は上記翻訳をして以来、三井物産、ニチメン(現双日)などや情報研究会、講演会などで競争情報やビジネスインテリジェンスに関する講演を行ったが、それが企業に活用されたとは思えない。
日本の総合商社の三菱商事、伊藤忠、住友商事などでも聞き取り調査をしたが、日本の企業では、収集された情報が情報本来の経営戦略に活用されているのはまれであるとの印象であった。
要するに日本の企業では情報やデーターはマクロの売り上げ拡大に活用されている程度でトップマネージメントの経営判断や経営戦略に活用されているケースは少ないと思われる。

4.近年、話題になっている、Big DataやIOT, AIなどの分野でも、第1線の営業部門のミクロの活用が主体で、海外市場動向や経営戦略の策定にまでアウフヘーベンされているとは思えない。ここに日本企業の情報収集、分析、活用の限度と問題点があるようである。

5.よって日本企業においてはまず、現場第一線の営業部隊はもちろん、経営層へのBI,CIの活用に対する教育が、必須と思われる。

6.過去、10年にわたりBISと明治大学商学部・篠原教授が連携して秋期に明大リバテイアカデミー講座で毎回10回にわたり、「ビジネスインテリジェンスとグローバルマーケテイング」講座を開講しているが、受講者は中堅幹部が中心で、企業の役員クラスの受講は皆無なのも日本企業における情報収集、分析、活用に関する関心が薄いことを表しているように思われる。

7.かって、1970年代から80年代にかけてイランでの巨大化学プラントプロジェクトで三井物産が当時の金額で4000億円の損失が発生した。結果、三井物産は情報の重要性を認識し、海外5000台、国内7000台のPCを活用し、経営幹部向け、経営情報、意思決定支援システム(EIS)、各種システムへのリスク対応システム(RMS)を構築した。このシステムのおかげで三井物産は1997年の通貨危機を乗り切り、他社が莫大な損失を出したが、三井物産は逆に利益を計上したという。この例は1973年の石油危機、1990年代のソ連の経済崩壊を事前に予知して日頃から情報を綿密に分析、活用していた石油多国籍企業のロイヤルダッチシェルの成功に比肩できる日本総合商社の良き事例と思われる。
 一方、93年から94年にかけて銅の投機による住友商事の2800億円の損失、1970年代にカナダの製油所プロジェクトで1000億円の損失を出し、破産した安宅産業の事例と比較し、情報の収集、分析、活用がいかに大切かを物語っている。日本企業においては未だにビジネス情報の収集、分析、活用が企業の経営者層の間で十分でないことが痛感される。

8.特に最近日本企業で頻発する企業不祥事では日本企業での順法精神の劣化のみならず不祥事を事前に察知する情報システムの不備と不全が原因とみられる事例が多発している。

9.第二次世界大戦の日本の敗戦の原因の一つに旧日本軍の情報軽視があったと言われているが、ドイツの「Industrie 4.0」米国の「Industrial Internet」、中國の「中国製造2025」に対する日本の「Society 5.0」戦略も現実には理論の域を出ておらず、欧米、中國に大幅に出おくれているが、ここでも日本の製造業における情報そのものの認識が欧米に比べて遅れており、後追いの感が否めない。

10.BIS(日本ビジネスインテリジェンス協会)は約200人の会員で、1992年2月に創設以来、隔月で情報研究会を28年の長きにわたり開催してきている。これまでの累計参加者15,000人、講師累計500人を数える。
当初の10年間はビジネスインテリジェンスの理論面を主体に研究してきたが、その後は企業の管理職を中心に講師に呼び、情報の現実面での活用法の研究を中心に据え、実務者の現場の情報を通じて、情報収集、分析、活用を主体に研究活動を継続してきている。
 さらに近年、日本では2人に1人がガンにかかり、ガン患者の3人にひとりが死亡するという現実に直面し、過去10年間はメデイカル・インテリジェンスについても医療関係者~特に、国際融合医療協会、アユルベーダ医療融合協会、国際伝統・新興医療融合協会と協力し、医療情報の研究を強化している。今後ともインド、スリランカ、中國などとの伝統医療情報研究、インバウンド、アウトバウンド・メデイカルツーリズムなど医療インテリジェンス研究にさらに注力したいと考えている。

11.その実例として2018年には1月、BISから中国天津に健康医療ミッション18名を派遣。天津関係者との経済、医療分野での協力を強化することにした。また4月には西安・楊凌での先端農業、健康医療分野で協力すべく、ミッションを派遣。7月にはスリランカのアユルベーダ研究に関係者が出張。9月には鳩山元首相が理事長の東アジア共同体研究所に協力し、中国・山東省灘坊市の中日韓産業博覧会に中川が参加し、発表を行った。
さらに10月には中国・内モンゴル、および大連での温室有機栽培ミッションに参加。
食の安全、安心のためのフーズインテリジェンス研究も開始している。11月にはBIS関係者50名からなる農業、食料ミッションが陝西省・西安・楊凌の第25回先端農業世界博覧会に参加。農業インテリジェンス分野での日中協力に尽力した。
21世紀に食料、環境と並んで重要なエネルギー分野の研究でも「BIS日本再生エネルギー部会」を設け、過去4年間、3か月に1回の研究部会を開催。再生エネルギ―研究をエネルギー専門家をまじえエネルギーインテリジェンスの活用のための研究を続けている。
このように日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS)ではビジネスインテリジェンスのみでなく、メデイカルインテリジェンス、フードインテリジェンス、エネルギーインテリジェンスの研究も総合的に継続している。

12.上記の目的を達成する為、BISにおいては, 米国戦略競争情報協会(SIS)、中國競争情報協会、豪州競争情報協会、印度情報研究所、フランス競争情報協会に加え、米コロンビア大学日本経済経営研究所、豪州国立大学アジア研究所、中國社会科学院、対外経済貿易大学、天津商務局、楊凌自由貿易実験区、日本ではJETRO, 世界銀行日本事務所、ASEAN研究所、アフリカ銀行、アジア共同体評議会、鳩山事務所・東アジア共同体研究所、日本商工会議所、国際アジア共同体学会、アジア・ユーラシア総合研究所、大阪大学国際情報研究会、NEASE-NET(北東アジア研究交流ネットワーク)、一帯一路日本研究センター、日本貿易学会、22世紀学会、名古屋市立大学22世紀研究所、EU代表部、日本駐在各国大使館などとのビジネス情報交換に日頃努力し日本でのビジネス情報活用に尽力している。

13.現在、米中貿易戦争が熾烈を極めている。特に知財に関して米国は中国の「中国製造2025」をやり玉に挙げ、中国政府がZTEやファ-ウエイ経由米国の先端技術を不法に入手していると非難している。ファーウエイの副会長の米国への引き渡しや、豪州、日本などに同社製品を購入しないように圧力をかけ、両国は政府調達でのファーウエイ製品の購入を停止した。
  1980年代に日米貿易摩擦が激しかった折、米国との貿易不均衡を是正する為、日本の自動車輸出数量規制や米国への投資拡大。さらに1985年にはプラザ合意で米国から円の大幅切り上げを要求され、それを当時の竹下政権は受け入れた。その結果、その後30年以上にわたり日本経済は低成長にあえぎ、GDP成長率はG7の中でも最低となり、年1%内外に低迷している。
  今回はトランプ政権の不満が大幅な対米貿易黒字を出している中国に向かっているわけである。まさしく「歴史は繰り返す」だ。貿易は比較優位の原則で安い製品が輸出においても優位を占めることは自明である。それを特に先端技術において中国のファーウエイやZTEが米国の技術を盗んでいるとして激しく批判している。
かって日本の東芝機械が工作機械をポーランド経由ソ連に輸出。その結果、ソ連は潜水艦のプロペラの消音に成功し、ソ連潜水艦への追跡が難しくなり、米国の国家安全保障に重大な損害を与えたとして、米国は東芝製品の対米輸出を禁止し極端な東芝たたきを行った。東芝は米国の新聞に全面謝罪広告を出すなどさんざんな目にあった。
しかし後でわかったことはソ連潜水艦のプロペラの消音はソ連では東芝工作機械の輸入前から実現していたと言うことで、東芝はあらぬ濡れ衣を着せられ日米貿易摩擦の生贄にされたのである。当時、日米の貿易不均衡は大きく、米国の日本たたきは、日本製トランジスターラジオや自動車を米国人労働者がハンマーでたたき壊して気勢を上げるほどエスカレートした。さらにクリーブランドクリニックでアルツハイマー病の研究をしていた日本人化学研究者二名がアルツハイマー病の研究試料を不法に盗んだとして嫌疑をかけ、1996年に施行した経済スパイ法(Economic Espionage Act)を初めて適用し、日本人研究者を逮捕、起訴した。この行為は今日のファーウエイの副会長の逮捕にも通じる米国の常套手段のように見える。

米国は中國がスパイ行為で米国の技術を盗んでいると世界的に非難しているが、米国は1940年代以降、英国、豪州、ニュージーランド、カナダとともにアングロサクソン5か国で世界的に悪名高いスバイ衛星9基を赤道上に打ち上げ、軍事情報のみならず技術、経済情報を不法に入手していることを批判し、欧州議会が調査した実情をどう説明するのか。
 米国、英国などの諜報機関の非倫理的な活動はスノーデンの勇気ある告発で暴露された通りである。これらの5カ国政府のエシュロンの組織的な諜報活動を棚に上げて、中國の一企業のファーウエイたたきに血眼になっているトランプ政権のやり方は問題である。
ファーウエイを批判する前に米国はまずおのれの非を正すべきではないだろうか。以上