NMC(ニチメン・マンドリンクラブ)についての投稿は、この会報のNo.29号に既に掲載させて頂きましたが、このクラブに入るきっかけとなった、私の楽器との出会いの経緯を読んで頂こうと思い、今回、投稿させて頂きました。

私が初めてマンドリンと出会いましたのは、大学入学時に学校のキャンパスで行われていた部員募集の場所でした。  10歳まで住んでいた故郷の富山で、いつもお昼のラジオで聞いていた「歌の無い歌謡曲?」とかいう番組で、その大学の倶楽部の演奏する「丘を越えて」の曲が番組の終わりに、必ず流れていて、マンドリンの演奏音だけは良く聞いていました。 
大学での色々な入部する先を検討しました結果、そのマンドリン倶楽部に入ろうと思ったのが、この楽器との初めての出会いです。 最初は初心者用の、安い楽器を買って教則本を見ながら練習していました。 この倶楽部は学生ながら、演奏会は有料で演奏し、夏は北海道からスタートして東日本を約40日間、春は西日本を同様に約40日間演奏して廻る為に、1年間、この倶楽部に在籍するだけで日本を一周する事が出来ました。しかも旅行中の費用は全て無料でした。

最初は、練習生という事でひたすら「オディル・マンドリン教則本」を見て練習をし、上級生の許しが出たら初めて正部員になる為の演奏テストを受けます。 そしてこのテストに合格して、正式な部員となって初めてステージへの参加が可能となります。私が1年生の時は、同期の殆どが付属高校でマンドリンクラブに在籍していた人達で、従って入部テストも、全員一発合格でした。  一方、私は7月初めの夏の合宿まで、全くテストを受ける許しももらえず、20数名もいた1年生の中で、私一人だけが夏の合宿に練習生として参加する事になりました。

1週間、夏の白樺湖での合宿が続けられますが、4日目に部長から「お前の入部テストは、おやじが直接見るからな!」と言われました。
私は、このおやじとは誰の事か全く分からず、はい!とだけ答えましたが、後で、明日、この合宿所に来るのは古賀政男先生だと聞き、大変驚きました。
合宿5日目に予定どうり古賀先生が、来られ指揮者の所にテスト者用の譜面台と椅子が並べられて、テストが始まりました。指揮者から教則本の練習曲の何番を!と指示されると、それに従って私一人が、正部員を背にその指示された練習曲を演奏して3曲程演奏をし終わると、いきなり、私の肩に古賀政男先生が手を
掛けて、「皆さん!入江君が、この程度も弾ければ、部に入れてあげたら如何ですか?」と言ってくれました。 そうすると、部の皆が手を叩き、目出度く正部員として認められ、演奏体系の2ndマンドリンの一番後ろに座っての練習を開始しました。 演奏途中に楽譜のどこを弾いているのか、何度か分からなくなりましたが、すると肩越しに古賀先生が、楽譜に指を置いて場所を教えてくれました。
帰京後、5日後に羽田からの飛行機で札幌へ飛び、演奏旅行が開始しました。
地方の演奏での何ケ所かでは、プロの歌手がゲストで一緒に参加して、緊張感を持って、しかし楽しく演奏旅行をする事が出来ました。

ニチメンに入っても、お蔭さまで、NMCがあり先輩諸氏の皆さんと部を超えてお付き合いをさせて頂き、ここ数年前まで、外部での公演をやったりしていました。(公演の詳細は、会報No.29に記載してます。)

「音楽は和なり」の古賀政男先生の色紙

今、考えて見ますと、大学での倶楽部の入部に際して、却って初心者だったのが幸いして、古賀先生の直々の入部テストを体験出来た事が、とても良かった!!と感謝しています。

この楽器との出会いがあったお蔭で、今も沢山の友人達と一緒に合奏を楽しみ、また多くの方に演奏を聴いて頂く事が出来ています。

また住まいの地元のクラブでの公演を楽しんでいます。 今年も1月9日(日)に地元のポプリホールで新春の演奏会を開催し、13曲演奏をしました。

添付しました写真は、50年以上も前のものもあり、見ずらいものも多いですが、様子を少しでも、ご理解頂く為に、添付させて頂きました。

楽器演奏にご興味がある方は、是非、NMCへの参加もご検討下さい!!