前列左より:松田 邦夫、大場 禎治、北川 敬、長谷川 洋、
後列左から:菊澤 淳、松尾 哲雄、大谷 毅丈夫、津田 忠祐、高橋 正、神田 久大

昨年五月の横浜での33会が”最後の33会”となるはずだったが、”生きている限りは会おうじゃないか!”と再会の機運高まり、今年も集った。
足腰丈夫な関西組が今年も遠路遥々横浜まで来てくれることになり当方は感謝、感謝!

今回も松田君がツアーコンダクターよろしく、新横浜駅で関西組を出迎えてくれた。
何しろ松田君はベイルート、香港、豪州と駐在時代に来客のベストアテンドで有名だったとか。

さて4月23日、桜木町ワシントンホテルにて、晩餐会。MC役は長谷川。
会の冒頭に大谷毅丈夫君のいつもの軽妙なスピーチで”乾杯!”。
ミナト横浜の夜景を眺めつつ雰囲気は最高。美酒、美食を楽しむ。美人ホステスが欲しいところだが 予算の関係上、無理な話。
もう全員が80歳越えの爺様連中だが、心は枯れては居ない。

もう60年余の付き合いで、忌憚なく話し合い、昔話から近況まで、賑やかなことだった。
不思議なことに、現下の国際問題、国政問題は話題にもならず、補聴器の話にもちきりだった。うん十万円の補聴器を持っている御仁も居て驚愕。
日常の切実な問題だ。

関西組の神田君は、新潟から出てきた棉花部の高橋君とは何十年ぶりの邂逅だとか。
老人には関西は住み易いのか、松尾、菊沢両君は、ゴルフ、ハイキングと元気だ。
松尾君は、前日のゴルフ・コンペで優勝したとかスコア・カードを持ってきた。
関東組で、元気なのは、大場君のみ。あと大谷、松田、鎌田(当日欠席)。長谷川はウオーキングなどはご辞退の体調だ。

翌24日は 松田君の案内で、赤い靴バスで、横浜の観光を楽しんだ。
来年は、京都だとみな張り切っている。さらには大阪万博2025まで頑張ろうと言うが、その意気は壮たるものだが神のみぞ知ること。

【付録】当日、会の始まる前に、ニチメン大阪バスケット部のミニOB会があり、神田、津田、高橋の33組に、一年先輩の北川敬さんが治夫人と共に参加。
北川さんには、33会に特別参加してもらって会を盛り上げていただいた。

”ニチメン大阪バスケット部OB”(昭和30年代)
前列:北川 敬
後列(左から):神田 久大、津田 忠祐、高橋 正