松本さんが亡くなった。7月27日である。享年88歳。通夜・告別式が身内プラスでしめやかに杉並の葬場で行われ、私は通夜に参列故人の冥福を祈った。松本さんとのお付き合いは非常に長い。私が入社間もない頃、ソ連からトンネル機械、溶接機械を輸入され総代理店取得交渉の責任者として働いておられた。1964年頃の話である。
常に冷静、かつ温厚な大阪輸入機械のリーダーであられた。

松本さんとの非常に楽しいお付き合いは、私が仕事を辞めた70才頃からだ。 
お互い、家が近いので、松本さんも私もお品のいいことに音楽が好きで、よく武蔵野市市民会館の小ホールでばったり顔を合わせたものだ。
 
先輩は一足先、暑さが35度の7月にこの世を去られた。埴生さんも今年の初めに、亡くなられたが、よく松本さんと一緒に同ホールに来ておられた。終わってから3人で吉祥寺に出て畳一畳程のトリスバーで200円の酒を呑むのが楽しかった。3人それぞれ好きなジャンルが少しづつ違うものの、まあ音楽と云うものは色々違ってこそ聴くのが面白い。

昨年の10月16日松本先輩からメールを頂戴して、初めて体の調子が悪いので医者に診てもらったところ癌と診断され、意気消沈されたとして次のようなメールを下さった。
 

高木恒久さま
ご無沙汰しております。サスマンというバイオリニストの良い席が取れましたか。
実は或る事情があって、貴メールを開いたのが昨夕。読んでみて「チケット買うなら今日までだ!」と思ったが、もう一つ意気が上がりません。頂いたメールをやっと開けて、お返事するのが今になりました。
これだけしたい放題の人生を送って来たのに、生への煩悩断ちがたく、複雑な心境で、落ち込んでおりました。と云うのは、先月末掛かりつけの医者の勧めで、杏林病院で上腹部の精密検査を受けた処、胆のうの出口に異常あり、癌の疑いがあるとの事。
部位が複雑すぎて、摘出は年齢的に無理がある。おまけに「転移の可能性」まであるとのインフォームド・コンセント。
何の予兆もなく突然の話に驚きました。
御報せ頂いたコンサートがマチネーであれば行きたく思ったかも知れませんが、寒い時期の夜では気が重く、今回は失礼します。もう少し精神的に安定したら、ランチを何所かでやりましょう。 

松本靖史

12月11日私はサスマンなる初めて知ったバイオリニストの名人芸を聴き、松本さんに中々達者なバイオリン弾きだったなぞと電話でお話ししました。暖かくなったら井の頭公園傍の食事処でランチに安いが美味しいワインを一杯やりたいですねと申し上げましたが果たせず残念です。あの世で果たせればと思っております。 

合掌