過般わたしの一文「天才詩人ゲーテ探索」が社報の投稿欄に掲載されたときのこと、ある日わたしは突然旧会社の大先輩である三分一克美さんからお電話をいただいた。曰く「君のゲーテ探索を読ませてもらったが、実は自分の手元に昔近所に住んでいたゲーテの研究家(故人)からいただいた文献がある。しかし内容が難しすぎて自分には手に負えないから、君が欲するならこれを送って差し上げるに吝かでないが如何?」ということだった。
わたしは一も二もなくお願いしますとお答えしたところ、早速分厚い二冊の書物「ゲーテ『ファウスト』と聖書」上・下巻が郵送されてきた。開いてみると著者は森田邦雄という明治36年生まれの東大工学部の卒業生、長年(戦前)航空機の研究や製造に携わり、戦後会社をリタイアしてから始めたのがゲーテの「ファウスト」研究と聞く。異色の「ファウスト」への没頭は玄人はだしでご本人はクリスチャンでもある。病膏肓とはこのことか、当時の読書界でゲーテの「ファウスト」があまりにひどい読まれ方(訳し方)をされていることに悲憤慷慨して、ついに自家出版して世に問うたのがこの浩瀚な研究書(解説書)である。

わたしはといえば、ゲーテがまさに一生涯を賭けたといっても過言ではない、心血注いで書き上げた「ファウスト」なら、如何に難解といわれようが、もう少し頑張ってゲーテの神髄にふれたい、そのためには聖書との関連で読み直す必要を感じていたところだったから、正直なところ渡りに舟の僥倖といえた。
というわけで、私はその日から二か月間というものこの書物にかかりっきりで読み明かした。著者は生前森鴎外の謦咳にも接したことがあり、クリスチャンとして内村鑑三の薫陶も得ているらしく、書名よろしく聖書から「ファウスト」を読み解くにはもってこいの著者だったことがわかる。
わたしは今この研究書を読み終えたところで、あらためて思い知らされたのは、ゲーテの真髄云々もさることながら、「ファウスト」を読み解くすべてのカギは聖書であり西欧キリスト教文明にあるといっても過言ではないという発見であった。
とはいえ、わたしが畏れ多いそのような聖書やキリスト教との関連で「ファウスト」を論じるのは他日を期すとしたい。ここのところは今度あらためて読み直してきた「ファウスト」からの、もう一つの思いがけない小さな発見、つまり余人がこれまであまり関心を示すことのなかったゲーテとその妻クリスティアーネの関係について、下記にして読後感を認めておきたい。
わたしはこれを早速三分一克美さんに捧げ、もって氏のご厚意に報いたいと思うからである。

ゲーテは妻クリスティアーネのことについては何も書き残していないようである。古今東西自分の妻について饒舌に語る人が少ないのは、畢竟するに夫婦にとって片割れ(counterpart)というべき配偶者は自分の分身のような存在だからであろう。しかしゲーテの場合は多少事情が違うかもしれない。
ご承知のようにゲーテの恋愛遍歴の華麗さといったら、それはもう大文豪だからという言い訳は差しおいても見事というほかはない。それかあらぬか、ゲーテが23歳のクリスティアーネ嬢をみそめて電撃的な同棲生活に入るのは彼39歳のときだった。おそらくは彼自身このへんで恋愛遍歴に終止符を打って身を固めることを考えたのかもしれない。しかしこれは私の推測だが、彼がその後18年もの長い間彼女と同棲しながら結婚に踏み切れなかったのは、両親もさることながら無二の親友、大詩人シラーの強い反対が大きかったと思われる。
その頃のゲーテといったら、「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」や「若きウェルテルの悩み」といったお馴染みの大作の相次ぐ刊行などで、一躍著名な作家入りを果たし、あまつさえ、動植物学を中心とする自然科学分野での学者としての活躍にもめざましいものがあった。周囲に彼のクリスティアーネとの正式結婚に猛烈な反対があったとすれば、一にかかって彼女の出自が女工あがりだったことに依るものだったろう。新進の高名な学究的文化人と一介の女工上がりの小娘との取り合わせが、世人の目に如何に異様に映ったかは想像に難くない。
その大詩人シラーが世を去ったのが1805年、つまりゲーテが晴れてクリスティアーネと正式に結婚したのはシラーの死の翌年であった。ゲーテ57歳にして自然の成り行きだったと思われる。
しかし繰り返しになるが、彼の正式な彼女との結婚が電撃的な同棲から数えて18年も経た後だったという事実は何を意味するのだろうか。わたしは推理する。当時の教会に対するゲーテの反目と嫌悪は尋常ではなかったとされるが、その彼も敬虔なプロテスタントだったことに変りはない。理由は何であれゲーテが18年もの長い間、クリスティアーネを己の側女(そばめ)か側室のように日陰者に差しおいてきた不実を彼は何と思ってきたのか。そこにゲーテ特有の強い悔恨と自責の念が疼いていたのではないか。
わたしが注目するのは、上述のように正式結婚に踏み切った丁度同じ年に(1806年)、ゲーテが悲劇「ファウスト」の第一部を脱稿したという事実である。この悲劇第一部最終章「牢獄」が語る結末は、劇中の主人公ファウストの不実(不倫)がもたらす恋人マルガレーテの刑死である。彼女は催眠薬を誤って母親を殺し、彼女の兄はファウストの手にかかって殺害され、そのファウストによって身ごもった彼女は、生まれた赤子を水に投げ入れて殺してしまう。
ここにも私の推理がはたらく。この土壇場の惨劇のなかでファウストは憐れな恋人マルガレーテを救い出そうともがくが果たせず、悔恨と自責の念そして自暴自棄に陥る。そして「ファウスト」第一部の幕は降りる。わたしはこの悲劇の主人公ファウストが劇中で嘆く恋人マルガレーテに対する強烈な悔恨と自責の念は、ゲーテが現実生活で妻のクリスティアーネに対して抱いていたものの投影ではなかったかと思う。ゲーテは「ファウスト」のなかで、その恋人マルガレーテを恰もその昔ゲーテ自身の衝撃的な恋人だったグレートヒェンに擬えているのは、劇作上の単なる作為というべきではないかと考えている。

「悲劇ファウスト」との関連でもう一つゲーテとその妻クリスティアーネのことを書き記しておきたい。
「ファウスト」第二部の「暗い廊下」の中の一コマだが、ファウストが皇帝の願いにより古来西欧社会で美の象徴とされてきたギリシャ神話の美男・美女、幻影のパリスとヘレナに引合はそうとする場面がある。このためファウストは悪魔メフィストフェレスの導きで、“母たちの国”に降り立たねばならないことを知る。このときのファウストとメフィストが交わす会話が興味深いので、その件を下記に引用しておきたい。
メフィスト
  実は高度の秘密は打ち明けたくないんですが、…
  女神たちが寂しい境地に神々しく座している、
その周辺には空間もなければ、時間はさらにない;
この女神たちについて語ることは困難なのだ。
それは「母たち」なのです。
ファウスト(愕然として)
  母たちか!
メフィスト
  あなたを戦慄させたようですね?
ファウスト
  母たち! 母たち!何と不思議にひびく名前だろう!
メフィスト
  実際不思議なものですよ。あなたがた死ぬ運命の者には
  知られることなく、
  私どもにとってはその名も呼びたくない女神たちです。
  その棲家に往くには、最深所にまで潜り込むのです;
  私どもにとってあんなものが必要になったのは、あなたの責任ですよ。
  …… 」

以上のファウストとメフィストの会話から読み取ることのできるのは、両者共通の“母たち”への戦慄と恐怖である。
 わたしが注目していることは、ゲーテの妻クリスティアーネが同棲以来ゲーテとの間に5人の子どもをもうけていること、しかも彼女がゲーテに先立つようにして亡くなったのはゲーテとの結婚生活(同棲の期間を含めて)28年目のことであった。この間ゲーテから授かった5人の子どもたちも、不幸にして全員夭折させている(長男のアウグストだけは彼女の死後イタリアで不慮の死を遂げている)。
 ゲーテはその妻クリスティアーネの死の床で(正式な結婚から10年目のこと、ゲーテ67歳のことだった)、傍らの妻の亡骸の前で「俺も一緒に連れて行ってくれ!」と泣き崩れたと伝えられている。彼はその妻の生涯がただただゲーテとの間の5人の子どもたちの出産と育児、そして死別だったことに戦慄していたのではないか。
 先述のようにファウストは悪魔メフィストから“母たち”の許に行くよう教えられたとき、身震いしながら「母たちとな!聞くたびにゾッとする。聞きたくない言葉だ。どうしてだろう?」と自問してみせる。それはまた以下のようにも解釈されるのではないか。つまりゲーテは生涯にわたり“女性的なるもの”を尊崇し憧憬していたが、その女性的なるものが、子供を持つ母親に変態(変身)した後の、恐るべき生命力(これをゲーテはよく“エンテレヒー”(entelechi)と呼んでいる)に刮目していたのではないか。そこにこそ彼は“母たち”だけが持つ出産(生成)と哺育(育成)の霊を認め、不思議とも思い、戦慄を覚えていたのではなかろうか。因みに彼は動物学の中でもメタモルフォーゼ(metamorphose=変態)の研究をよくしたといわれている)。

(おわり)